2016年03月16日

3・11 その9

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3・11のことを書くなら原発のことも書かなくてはならない。

しかし原発のことがよくわからない。

火力や水力や風力なら多少原理がわかる。

しかし、原発って原子力で電気を作るわけではないんですね。

(私は科学の魔法で作るのだと思っていました。恥)

 

実質は火力発電と同じで湯を作ってタービンを回すのですが、

その湯を作る単なる燃料だったんですよね。

昔の日本人は凄い科学技術と騙されてたんですよね。

(ぶっちゃけまず日本中の杉を燃料にして欲しいぞ。)

 

脱原発は多くの人の願うことだろう。

しかし、風上の中韓が原発を作っていたら意味がない。

それに科学的根拠のない意見を垂れ流す人は、

風評被害を広げているだけと思う。

 

今日の写真は夕張の自宅近くの火力発電所の

解体風景です。

大正15年に完成した時は東洋一の規模でしたが、

フクイチに似てませんか。

 

私の体もメルトダウンしています。

このところずっと1時間に数回トイレに行っています。

「結婚出来なかった。日本死ね。」

 

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からの「光芒なき街」に東北の写真がたくさんあります。

ぜひご覧下さい。

 

posted by 風間健介 at 17:45| 千葉 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 写真 アート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

 

地震と津波のエネルギーは大きく予想もしない光景を作る。

木造の家がすべて流されコンクリートの基礎だけが残った町。

そのくせ船が陸上というかコンクリの建物に乗っていたり。

 

私はカヌーを3艘持っていたこともあり、

船の悲惨な姿は心が痛んだ。

しかし感情は出さず、いつもの自分の撮り方で淡々と撮った。

 

私はワードパッドに日記を書いてブログやミクシイやfbに

コピペをしている。

確かにパソは苦手だし体調は最悪なのだが、

3月分の文章が全部消えていた。なんでやねん。(涙)

 

まあ私はライターでも小説家でもないからいいけどさ。

写真や作品はスキャンだから実物は残るし、

実物の方が美しい。

私はこの数年展をしていない。

たとえ展をしたとしても地方の人は見れないだろう。

で、希望の方には作品送ります。

但し、在庫のみで着払いで要返却でね。

ご希望の方は気軽に連絡下さい。

 

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posted by 風間健介 at 00:57| 千葉 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 写真 アート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月15日

3・11 その7

 

昨夜ブレーカーが飛んだ。

確かにウチは30アンペアだが、エアコンとパソとラジオと冷蔵庫で

飛んだのは初めてである。(狭山も30アンペアだったしね。)

もちろんこれにレンジや炊飯器をやると飛ぶので注意しているが。

 

困ったのはライターがなぜか行方不明になったのだ。

3・11が夜だったら数倍の犠牲者だったと思う。

それにしても避難生活は大変だったと思う。

 

東北の3月は寒い。

北海道のような大型ストーブはあると思うが、

停電になると使えない。(まして体育館である。)

私は工事の関係で真冬の館山で電気もガスも無い生活を

1ヶ月した。明かりがないと本当に寒く感じるよ。

というか北海道で灯油より焼酎を選び、

灯油無しで春を2回迎えたことがある。

(今の体の弱さからは想像出来ないでしょう。w)

 

それにしても体育館に毛布だけでは腰の悪い私には無理だ。

ダンボールの仕切りもプライベートが保てない。

鼾を書く人は車で寝たと思う。

タイの水害時の避難所の写真を見て唖然とした。

体育館には同じテントが整列していた。

確か日本はタイより経済力が、、、、ダンボールかよ。

 

私が行ったのは1ヵ月後だが、川で洗濯してる人を見た。

まあそれだけ川がキレイなのだろうが、、、、。

(ヤマメやイワナもアユもいそうってか。)

 

あの時、日本はパニックになったと思う。

狭山の家の前さえガソリンを求める車が並んだ。

スーパーからラーメンや缶詰が消えた。

私にとっては日常食なのに、、、。

 

私はラジオ生活だが、民進党が妊娠党に聞こえた。

(日本の女は男を見る眼がないので私は独身。)

ちなみに島田紳介の引退の時も驚いた。

「島田紳介さんの遺体が発表されました」と聞こえた。

(まだ若いのにと。。。)

 

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3・11その6

 

私は日本人である。(合併して三重県の津市出身。)

しかし、3・11や災害で考えることがある。

 

外国人ジャーナリストは死体を淡々と撮ったという。

日本メディアは死体を載せない。

私が東北に行ったのは一ヶ月後で死体は撮っていないが、

死体を撮ることは悪いことなのだろうか。

 

日本人は戦争の遺骨や震災の遺骨にこだわる。

私には理解出来ないのだ。

(確かに自分に嫁や子供がいたらとことん探すだろうが。)

 

このことは災害遺産の保存問題にも繋がると思うが、

私は死体写真もありだと思う。

死ぬ時は最後の生きている姿だからだ。

 

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2016年03月14日

3・11その5

 

どうしても3・11関係は暗くなるので明るい話を。

私は最初田老の道の駅に車中泊をして、

顔を洗い暖かいトイレも使わせてもらった。

(とにかく埃が凄かったので顔を洗えるのは幸福だった。)

 

しかしお礼はしなければいけないし、地元に金を落としたい。

道の駅の若いネーちゃんに田老の産物を聞いた。

 

しかし、田老の道の駅に置いてあった田老のものは

ウニの缶詰だけだった。

そしてウニの缶詰は1400円だった。

普通なら絶対に買えない代物である。

まして東北撮影は友人知人達のカンパである。

しかし若いネーちゃんでもあるので私は勇気を出した。

 

そして私は大酒飲みでもある。

しかし、貧乏人でもあるので四合瓶は買わず、

1.8リットルの紙パックを買った。

しかし、その紙パックは狭山の近くのさいたま市製だった。

なにが哀しゅうて被災地で埼玉の酒を、、、、。

 

私が昼から飲んだのは天気が悪かっただけではない。

夜も撮るからだった。

しかし、、、。

 

4トンも転がしていたので運転は上手い方だと思う。

しかし、私はジッツオという三脚をバックの時に轢いてしまった。

とにかく真っ暗なのだが、一本は折れて一本は大曲。

盛岡に大きいカメラ店はないだろうし、途方にくれた。

しかし被災地はゴミが一杯である。

鉄筋を針金で縛りつけて撮った。

 

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posted by 風間健介 at 09:22| 千葉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 写真 アート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする