2016年03月15日

3・11 その7

 

昨夜ブレーカーが飛んだ。

確かにウチは30アンペアだが、エアコンとパソとラジオと冷蔵庫で

飛んだのは初めてである。(狭山も30アンペアだったしね。)

もちろんこれにレンジや炊飯器をやると飛ぶので注意しているが。

 

困ったのはライターがなぜか行方不明になったのだ。

3・11が夜だったら数倍の犠牲者だったと思う。

それにしても避難生活は大変だったと思う。

 

東北の3月は寒い。

北海道のような大型ストーブはあると思うが、

停電になると使えない。(まして体育館である。)

私は工事の関係で真冬の館山で電気もガスも無い生活を

1ヶ月した。明かりがないと本当に寒く感じるよ。

というか北海道で灯油より焼酎を選び、

灯油無しで春を2回迎えたことがある。

(今の体の弱さからは想像出来ないでしょう。w)

 

それにしても体育館に毛布だけでは腰の悪い私には無理だ。

ダンボールの仕切りもプライベートが保てない。

鼾を書く人は車で寝たと思う。

タイの水害時の避難所の写真を見て唖然とした。

体育館には同じテントが整列していた。

確か日本はタイより経済力が、、、、ダンボールかよ。

 

私が行ったのは1ヵ月後だが、川で洗濯してる人を見た。

まあそれだけ川がキレイなのだろうが、、、、。

(ヤマメやイワナもアユもいそうってか。)

 

あの時、日本はパニックになったと思う。

狭山の家の前さえガソリンを求める車が並んだ。

スーパーからラーメンや缶詰が消えた。

私にとっては日常食なのに、、、。

 

私はラジオ生活だが、民進党が妊娠党に聞こえた。

(日本の女は男を見る眼がないので私は独身。)

ちなみに島田紳介の引退の時も驚いた。

「島田紳介さんの遺体が発表されました」と聞こえた。

(まだ若いのにと。。。)

 

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からの「光芒なき街」に東北の写真がたくさんあります。

ぜひご覧下さい。

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3・11その6

 

私は日本人である。(合併して三重県の津市出身。)

しかし、3・11や災害で考えることがある。

 

外国人ジャーナリストは死体を淡々と撮ったという。

日本メディアは死体を載せない。

私が東北に行ったのは一ヶ月後で死体は撮っていないが、

死体を撮ることは悪いことなのだろうか。

 

日本人は戦争の遺骨や震災の遺骨にこだわる。

私には理解出来ないのだ。

(確かに自分に嫁や子供がいたらとことん探すだろうが。)

 

このことは災害遺産の保存問題にも繋がると思うが、

私は死体写真もありだと思う。

死ぬ時は最後の生きている姿だからだ。

 

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