2016年09月26日

夢と苦労

友人が来て飲みに行った。
しかしそこは館山でも狭山でもなく夕張だった。
確かに夕張時代は飲み歩いていたしメチャクチャしていたが、
オカシナ夢で夕張の存在が大きかったと思う。
今ある考えを持っているというか悩んでいる。
私は写真をやっていて夕張や炭鉱の街を撮った。
それは写真をやっていたから撮ったのだと思う。
そして絵になるものが一杯あったからだと思う。
私はそれらを撮る行為がゲスだと思い、
ペンタを質屋に入れて飲みまくっていた。
(私はテレビや新聞に出てたので質屋の奥さん変な顔というか、
この間も出てましたねは本当に辛かった。)
写真というかカメラは今は便利で誰でも撮れるが、
撮ることはマスコミ的だろうし、メディアを意識すると思う。
このことは正しかったのだろうか。
メディアと言うかマスコミは批評の効果というか性質があり、
上手く言えないが体制批判の性質を持っている。
私は夕張に18年住んでいた。
しかし、情報で知った知識の夕張とは180度違った。
私は館山に住んでおり海の写真も撮っている。
しかし驚いた。
私の好きな青アゲハが磯で水を吸っていた。
モノクロだったので撮れなかったが、
普通は花の蜜でしょ。
私の写真は正しかったのだろうか。
私は戦場カメラマンを知っているが、
最後は子供の笑顔を撮っていた。
彼らは不毛という言葉を知っていたと思う。
寒気が酷く作業も遅れ写真雑誌の文章に苦しんでいる。
ブログは書けるが2〜300字が書けない。
この歳になってやっと写真をやる怖さに気がついた。
いろんな作品がありますし販売もしています。
http://kazama2.sakura.ne.jp/
 
posted by 風間健介 at 12:16| 千葉 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 写真 アート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする